即興小説バトル反省(2014/3/29)
【即興小説トレーニングの推敲】
今回直すのはなぜ『雑踏』と言うのか?
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応用情報技術者試験が終わった。左手で解きました。
しかし、タイプ速度は上がらず。
左の小指がぎこちないので、ピアノで鍛えようかねぇ。
今回の小説は、どちらかというとエッセイですね。自分の考えを終始書いてるだけですから。
ま、面白ければいいんですよ。(評価0人なのに面白いの?)
本文のハイライト
僕はめっちゃ雑踏の中にいた。
だが、即興小説をこのような形で始めるのはよくない。極めて無味乾燥で、平坦で、安易な小説になることが予想されるからだ。
今回はO・ヘンリの「アラカルトの春」の冒頭っぽく。
お題は雑踏についてなのだが、このまま雑踏なんかの話を読んでもつまらないと思う。
雑踏の話は他の参加者さんに任せて、僕は、小学生がいかにインフィニティかについて語ろう。
この展開は素晴らしいと思う。だが、後の変態度が足りない。
大学で経済について勉強するはずが、ロックやサッカーについて勉強したような経験を持った人でも、この小説の肩透かしが鼻についてきてるだろう。
みなさんのご想像の通り、この小説は終始この口調である。
しかし、乙女という文字を崩してみると、26に見えることがある(乙女は26歳までと言いたいのではない)。
物事は、違う角度から見たほうが面白いと思う。
「みなさんはこの小説が肩透かしだと思ってますよね」と問うことで、 「読者のことをちゃんと見てますよ」とアピールしている。
内田樹の本に、語りかける相手を気に掛けるのが大事と書いてあったので。
こういう文章を混ぜておけば、多少脱線しても許される気がする。
今は3月の終わりだ。
人々は、痛みを伴わない脱皮のようにコートを脱ぎ捨て、マフラーを解き、春の風を体に染み込ませようとしている。
これは春樹気味の比喩。結構板についたかな?
人間中心の社会形成に同意し、自然をおろそかにしてしまう。保護という名目で破壊し、保存という名目で放置する。
これは森博嗣っぽいね。社会の常識をズバッと逆転させている。
この手の問題で記憶に新しいのは「尖閣諸島」と「釣魚島」だ。釣魚島の方が印象が悪いのがおわかりだろう。読者の方々には、尖閣諸島と呼ぶようにして頂きたい。
中盤で思いついた文章。
オチになりそうだと思ったので、ラストにもっていった。この判断はナイス。